東葛の健康 No.354(2014年1月号)
新春座談会
「命の共有」を実践する病院へ
地域を知ることから始めよう
参加された皆さん
- 政治学者●姜 尚中さん
- 東葛病院院長●下 正宗
- 司会・事務長●宇留野 良太
- 医療・福祉相談室ソーシャルワーカー●趙 理明
- 産婦人科・助産師●安藤 みか
- リハビリテーション部理学療法士●山田 晃正
- 医師●唐川 真良
1950年、熊本県生まれ。国際基督教大学準教授、東京大学大学院情報学準教授を経て、2013年より東京大学名誉教授、聖学院大学全学教授。専攻は政治学・政治思想史。2014年4月聖学院大学学長就任予定 主な著書に『悩む力』『あなたは誰?私はここにいる』『続・悩む力』『母-オモニ-』『心』(すべて集英社刊)などがある。
政治学者
姜 尚中さん
司会あけましておめでとうございます。新春座談会は、姜尚中先生においでいただきました。
姜よろしくお願いします。流山はいろいろな意味で、忘れがたい場所で。東葛で随分お世話になりました。僕が覚えているのは、最初は裏のほうに駐車場がなかったような気がして。だんだん駐車場も増えて、規模が大きくなったなという思いはありました。病院が2年後に移転されると聞いて、ちょっと僕は、ああっと思ったんです。
司会東葛病院は、流山で30年間、「無差別・平等の医療」にとりくんできました。老朽化と震災の被害もあって、セントラルパーク駅前に新築移転が決まりました。今月着工、2016年春の完成予定です。今日は、新しい病院を担う医療人がどんなこころざしを持って仕事に向かい、生きていくのかということから、新しい病院がもつ「病院のこころ」をテーマにお話を伺いたいと思います。
病院の枠を超えた複雑な問題
姜学校と病院と、それから家庭。ある意味において、今のいろいろな問題が、この3つに集約的にあらわれているような気がしますね。
本来家族というのは、共同体の始まりでもあるし、学校というのは、子どもの教育のためにある場所、そして病院は、それこそ無差別に人の生命を大切にするという前提で、日夜新しい生命が生まれ、また亡くなる方もいる。でも、ちょっと10年、20年前では理解できなかったようなことが、学校や医療現場で起きているのではないか。
東葛病院院長
下 正宗
今、高校中退が非常に多くなって、底辺校と言われる学校ほど、また、中退の比率が急速に増えていると言うんですね。それはいろいろな原因があって、底辺校の場合には、片親の場合が非常に多い、両親あっても非正規雇用で家計が支えられない、7人に1人の子どもたちが貧困という状況なんですね。皆さんが医療の現場にいて、まず何よりも苦痛を和らげて、その患者さんの面倒を見る。もちろん技術は日進月歩変わっていく。ただ、変わらざるものがあるんじゃないかと医のあり方を求めていると思うんです。
ところが97年ぐらいから、なかなか個人では、家族では担い切れない、病院や学校では担い切れないものが、非常に複雑多岐にあらわれてきている。学校外と学校のなか、病院と病院の外、こういうものの区分けがほとんどできにくいぐらいに、問題が非常に多岐にわたっている。
収縮した社会が生み出す矛盾
姜それはどうしてかというと、社会が収縮しているから。子育て、出産、教育を社会が担うという考え方が急激に収縮して、それは個々人の問題だという考え方が社会に広がってしまったわけですね。そこにすごいジレンマや矛盾が噴出しているのではないか。
事務長 宇留野 良太
それぞれのエキスパートが、自分の専門的なものをめざして、理想を持って病院に入ってやろうとする。
しかし、与えられた部分をしっかりやろうとすると、どうしても壁にぶつかってしまう。それは、そのエキスパートの領域では解決不可能な問題が出てきているからなんですね。病院全体が横の連絡をとりながら、それにシステマティックに対応しようとする。
一方では、病院につとめていても日常的に会話しないような人がたくさん増えてくる。そうすると、あの人は何をやっているんだろうと思いつつ、自分はこの仕事のこの部門をやればいいんだと。一番楽なのは、自分の世界に立てこもることですね。そんなふうにして、なかなか横の関係も、縦の関係も、対応しきれないんじゃないかと思います。
今、やや悲観的な話をしたんですけど、それでも医療の現場で、いろいろな発見もあったり、また喜びも当然あると思いますし、これからの若い方々は、せっかく自分がやろうとした夢を実現できるように。いずれにせよ地域をよく知るというか、情報をお互いが共有し合うということが、とても大切なことではないでしょうか。
院長以下6人が参加した
心のよりどころとしての病院
産婦人科・助産師
安藤 みか
安藤「地域をよく知る」と先生がおっしゃったんですけど、本当にそう感じていて、東葛病院で、分娩にじっくりかかわってみると一人一人の背景がけっこう深刻だったりします。帰った後で、ちゃんと育児できているのかなと。
病院でただ待っているだけじゃなくて、ちょっと気楽に何となく行って相談できるような場所があれば、きっと助かるお母さんもいっぱいいるんじゃないかと思っています。
姜昔であれば、お寺があって、教会もあって、あるいは先祖代々続いてきた、いろいろな意味で精神的なケアや相談の場所があった。何かそういうものがどんどんなくなりつつあります。
これはヨーロッパもそうだと思うんですね。そうすると、病院というのは、ただ人間の部品を治す、それでは済ませられなくなって、ある種多機能的なというんでしょうか、マルチなものを引き受けざるを得ない。「病院に何とか行けること」というのは、相談事に乗ってくれたり、心のよりどころだったり。
横のつながりがつくる総合性
医師 唐川 真良
唐川先生は、横のつながりというのを非常に重視していらっしゃると思うんです。僕も実際、いろんな職種の方の力をかりて、ようやく患者さんを家に帰すことかできる。
この横のつながりと専門性を深めていくというのは、ちょっと対極的な概念だなと思っていまして、最初は専門性をというよりは、人間力を深めていって、横のつながりを深めていくという意味なのかなとも思ったんですけれど。
姜病院にいらっしゃる自分の仕事を支えているのは、プロフェッショナルとしての、ある種のいい意味でのプライドだと思うんですね。ただ、病院というのは、さっき唐川さんがおっしゃっていたように、いろいろな協力関係がないと自分の力も発揮できない。
ほかの人たちからいろいろな協力を得ながら、患者さんを治していかなきゃいけないわけですよね。お医者さんのなかでも、一つのセクションを越えた関係が必要になってくる。患者が初診でやってきて、診察券をつくる、そこで「どこが悪いんでしょうか」ということがあると思うんですね、なかなか本人もよくわからない。専門性と横の連絡というのは、具体的には、第1ゲートを入るとき、ここが僕はかなり重要なんじゃないかなと。
また、今の病気は、複合的な面が強いんじゃないかと思うんですね。そういう面で、僕は、一般的には専門性もありつつ、もう少しいろいろな学習をして、越境的にいろいろな知識を人から取り入れていかないと、かなり狭い領域で対応してしまうんじゃないかと。
司会今の話は、われわれが直面している総合診療と専門という問題ですね。
地域から創りだす病院の未来像
下地域へという場合、まちづくりのなかにかかわっていくところが、東葛病院の役割かなと思っています。
医療従事者を集めて大きな病院というハコ物で医療を提供するのは確かに病院経営だけを見ると、すごく有利なんですけども、大きいだけでは、果たせない地域のなかでの役割があると思います。
姜前大統領の金大中さんが入院した韓国の大学病院は、大変な規模で、ちょっと驚いてしまうんですけれども、患者を見舞う方のためにありとあらゆるエンターテインメントも、全てのものが賄える。都内にも、かなり高額所得の人には、しっかりとした最新の医療とさまざまなサービスもついている大病院があります。
理学療法士 山田 晃正
でも、流山の病院がどの方向に向いていこうとするのか。今後10年、20年のビジョンをどう立てていくか。
理学療法をやっていらっしゃる方、子どもが産まれるのを助けられる方、あるいは、内科のお医者さん、それと純粋に事務職があるんですよね。1年契約とか終身雇用と、職員はみんな一緒に見えちゃうんですけど、さまざまなステータス、自分の置かれている違いがあって、「こういうことに向けてやろうよ」と言っても、その人は3年後どうなるかわからない。仕事のコミットメントの感じがどうも違うとか。
だから横断的にお互いのさまざまな交流と本音で話せれば、そして10年後病院がこういう方向に行くんだというビジョンが、現場から、下から出てくればいいなということを感じました。
山田リハビリでも視線は地域、在宅に向いています。在宅のリハは、いかに生きるかという患者の思いを共有してゴールを考えます。また1人で患者と対面する訪問では、だれがどうスタッフを育てるかも難しい問題です。
先生の言われた、何を共有して、何をめざしていくかというところが、すごい重要視されていくんだなと感じています。
私でも公でもないコモンめざして
司会姜先生から、社会が収縮しているというお話があって、唐川先生、安藤さんから、つながりの話がでました。人間は、社会のあり方で、その人の生き方だとか、いろいろなことが変わってきます。今の社会のあり方についてお伺いできればと思います。
姜30代くらいの人は、周りが自分のことを冷たく「もうどうでもいい、こんなのは」とは見ないだろう、少し困ったら、今の言葉で言うとセーフティネットが働いて、何らかの形で手が差し伸べられるだろうと、漠然的に思っている。
ところが、今は、もう最初からデフレ経済で、何となく社会が収縮していって、うかうかしていたら自分がかなり大変だと、すり込みもあったし、大人社会もそういうことを言う、いつの間にか、どう言ったらいいんでしょうね。例えば、生活保護の不正受給はけしからん。どうして頑張っている人が頑張っていない人と同じ扱いを受けるのとか、そういう社会的な不公平感みたいなものが、ものすごく強くなっている。自分で自分のことをやる、それができない人間は仕方がないんじゃないかというところまで、来ている。
ソーシャルワーカー
趙 理明
こういうような状況のなかで、結局一番すたれていったのは、「コモン(共有)」という概念だと思う。私的なもの、自治体や国がやる公的なもの、もう1つ「共有」というのがあったと思うんです。昔で言うと、農業の入会地や、ミレーの「落穂拾い」のような、私的なものだけではやれない貧しい人たちのために、作物を全て刈り込まないで残しておく、残しておくことで貧しい人が何とか生きられる。東葛病院の精神をお聞きすると「命の共有」、あるいは「医療の共有」、そういうところを目指していらっしゃったのかなと。「共有」が地域社会のなかでしっかりしているかどうかで、地域のなかでの幸福感とか、生きがいも変わってくる、人は生きていけるんじゃないかと思う。
そういうものを今の時代に新しく創っていくことは、なかなか大変なことだと思うのですが、「東葛病院は、コモンズだ」、そういうような位置づけが必要なのかなと感じます。
趙地域ごとの特色や、家族の在りようの激変で、流山にもさまざまな歪みが生まれています。ここで無差別・平等の病院の役割を果たしていくのに、市民にとっての共有財産という考え方は僕としても、すうっと入ってきました。
課題を受けて立つやりがい
司会最後に、東葛病院に向けてのメッセージを。
姜流山は、新しい住民が、しかも30代、40代ぐらいの家族がけっこう増えているんじゃないかと思うんですね。そういう人たちは、千葉県以外から来ている地方色の強い人がかなりいるはずで、それが今後もっと増えるんじゃないかと。そういうなかで千葉県は人口当たりのお医者さんの数はかなり少ない、どういうわけか千葉県は交通事故者も多い。今後、大規模災害が予想される。つまり、流山は、東京の一番近いところで、今の日本のいろいろな問題が、集中して出てくる、でも逆に、そういうことを引き受けていくという、やりがいのある病院ではないかなと思って、僕なりのエールを送ります。
司会みなさん、本日はどうもありがとうございました。
和やかな雰囲気での対談。
右から時計まわりに姜尚中さん、安藤、趙、山田、唐川、宇留野、下の各氏。
■また来年も会おうね~第10回子ども冬まつり
子どもたちにとって東葛病院のイメージは「痛い注射の病院」でしょう。でも今日は「楽しくて面白い病院」に変わりました。
12月14日の土曜日、東葛看護学校体育館で第10回こども冬まつりが開催され、保護者を含めて100人以上が参加しました。
「早いもので子ども冬まつりも10年目を迎えました」。発起人の小児科の伊東繁医師が挨拶で話します。3階小児病棟による「サンサン体操」・実行委員会ゲームに続き、小児科医師による「さるかに合戦」は圧巻でした。太田医師演じるおサルが、柿を横取りする、にくたらしい態度に、会場の子どもがブーイングと風船攻撃です。おやつタイムが終わったら、院内保育所の「アンパンマン手遊び・ペープサート体操」。最後はとうかつ健康まつりでも拍手喝采だった、東葛ダンス集団による「チュウチュウトレイン」のはじまりです。エグザイルならぬ後藤医師率いる「ゴトザイル」の楽しい踊りには、いつまでもアンコールの声が響きました。
実行委員会一同
小児科医師チームの「さるかに合戦」
東葛病院・付属診療所の医療活動(2013年11月分)
付属診療所1日平均外来患者数 | 772人 | ||
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東葛病院 | 1日平均救急・夜間外来患者数 | 47人 | |
1日平均入院患者数 | 294人 | ||
手術件数 | 106件 | ||
主な検査 | 血管造影 | 20件 | |
内視鏡 | 508件 | ||
CT | 876件 | ||
MRI | 272件 | ||
心電図 | 941件 | ||
腹部エコー | 422件 | ||
心エコー | 276件 | ||
救急患者数 | 1414件 | ||
内 救急車搬入件数 | 223件 |
掲載日:2014年1月1日/更新日:2024年10月25日